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福岡高等裁判所 昭和24年(つ)73号 判決

被告人

大村一喜

主文

原判決を破棄する。

本件を原裁判所に差し戻す。

理由

弁護人石井貞之助の控訴の趣意は別紙の通りである。

控訴の趣意第一点及第四点に付いて。

凡そ他人に対し権利を有するものがその権利を実行する爲恐喝手段を施用し因て該権利の範囲内においてその他人から財物又は利益を交付せしめたとしても恐喝罪は成立しないものと解するを相当とする。けだし其の他人は法律上当然の義務の履行をしたまででこれを拒否すべき意志の自由を法律上有しないからである。又同一理由により権利の範囲を超えて財物又は利益の交付を受けた場合においてはその超過部分についてのみ恐喝罪の成立を認むべく受けた財物又は利益の全部に付恐喝罪の成立を認むるは失当である。之を要するに正当範囲に於ける権利の行使である以上仮に恐喝手段を施用したとしても時に脅迫罪の成立することはあつても恐喝罪の成立の余地はない。

本件に付て之を見るに被告人が一升壜で殴打され受傷したことは原審の認むるところであるから特段の事情(例へば殴打者に正当防衞の成立する場合の如き)なき限り被告人が損害賠償慰籍料請求権等を取得したこと明白であり又内済金名義の下に加害者の父から交付があつたとしても少くともその一部は右債権の一部として加害者である子に代つて父より支拂らはれたものであること明である而してその債権額は幾何なりやは素より治療費の数額殴打の動機、被害者加害者の社会的地位、資産の有無等によつて決定さるべきであらうが仮に右債権額が四万円又はそれ以上であるとすれば被告人に恐喝罪の成立の余地なくその他の場合においては前示説明するところに從つて事を断ずべきである。然るに原審は前記特別事情の有無債権額等の点につき何等確定するところなく右四万円全額に付漫然恐喝罪の成立を認めたもので右は法令の適用を誤つたか又は判決の理由にくいちがいがある場合に該当し論旨は理由がある。よつて他の論旨に対する判断を省略し刑事訴訟法第三百九十七條、第四百條本文前段により主文の通り判決する。

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